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【沿革】
延慶元年(1308)、中老僧日辨上人の開基で鎌倉に草創されたと考えられる。
天正2年(1574)この地を領していた布施佐渡守康純が土地を寄進
し、日言上人を迎え本山:比企谷妙本寺(鎌倉)の末寺として現在地に再興。
布施佐渡守の本山:妙本寺への功績により当寺は末寺首座となる。(新編相模
國風土記稿より意訳)
【布施佐渡守康純】
「北条氏康に仕へ、軍功あり」とされる。
寛永布施系譜曰、弾正左衛門康則、永禄7年(1564)、相州鴻ノ臺合戦の時、鎗を合せ疵を蒙る、
氏康是を感美し、佐渡守となづけ、且父廉貞が預る所の團扇の役を勤めしむ、相州の内、大住半郡、 板戸村、大槻村、及豆州小坂村、武州岩槻領内の内、善能寺、稲毛の庄内、
野川村等を領す、天正13年(1585)12月3日、小田原にて死す、法名調御院芳澤日勝、
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